へっぽんぶ おかわり

ゆっくり headphone archive rewrite なので和訳して へっぽんぶ おかわり

『ならば、今すぐ愚民ども全てに英知を授けてみせろ!(シャア』

 


そうじゃ!そうじゃあ〜〜!

わっちぁだいぶむかし

『そんなにすげぇもんならシロウトのわっちにもスゴさが伝わるハズじゃ!』と思うておったし

『わっちのようなシロウトにすら伝わらんもんなんか大したことないんじゃないかや??』とも思うておったことがありんす

 


ちゃうねん(違いますの意)

 


シロウトには強烈なものしか伝わらない

これ書きかえると

経験の浅い人にはわかりやすい部分しか理解できない

インパクトのピークしか理解できん

これは悲しいかな ある

 


わっちの田舎は海の幸がわりと近くにあってのー

今でも「あんたにゃいい魚食べさせてたんだけどねぇ」って云われよる

んむ 恥ずかしげもなく吐露すればご幼少期は

「刺身は醬油を乗せる台」くらいに思っておったことがありんす

醬油の味しかわからんのよ それか脂の味

今でこそ色んなもんに色々な味わいがあって多彩にんまいなと思うて食うておるし

それこそ野菜もんまいなぁとしみじみしながら食うておるのじゃが

味覚が変わったというよりも

味覚がより多くの旨味を感じられるやうになったのじゃと思ふ

脂の味も変わらず好きじゃが、その他の味わいもうまいのでなんでも美味しくいただけるというた感じでもありんす

生きていく中で自然と味覚という感覚がアップデートされてきたがゆえに

細かい味の奥深さやら 沁み入る味わいがわかるようになってきた

刺身を食うても醤油の味しかわからん

それは インパクトのあるものしか汲めておらぬということじゃ

 


わかりやすい≠インパクトの強いものになる

ただのう インパクトの強いものだけが味わいではありんせん

インパクトが強かろうと弱かろうと 味わいはありんす

つまるところ わかりにくいところにも 味わいはありんす

それもたくさん たくさん隠されていたかのように存在するのじゃが

なんも隠されておらん それに気がつかないだけなのじゃから

 


結局ね

①カラダやココロが欲しいと思うものを好きになる

 ⇨これは必須栄養素みたいなもん

②経験をしたり受け取りかたがわかると理解できる

 ⇨これは必須ではないものの わかると感覚はより豊かになる

 


『ならば、今すぐ愚民ども全てに英知を授けてみせろ!(シャア』

 


これは理想かもしれんが無理なんじゃよ

人それぞれ人生が違うので

理解にかけた時間も 環境も 力の入れかたも ぜんぜん違うので

云うなれば 『その人と全く同じ人生を歩んだら同じように感じるかもしれない』 くらいの話で

全く同じ人生ですら同じように感じるかはあやしい

またそれ(人生)は『比べて優劣するやうなもんじゃない』

また『レベル』と称して揶揄するものでもありんせん

それに英知を授けられたとして同じ思いになるとも限らん

 


『そんなにすげぇもんならシロウトのわっちにもスゴさが伝わるハズじゃ!』

『わっちのようなシロウトにすら伝わらんもんなんか大したことないんじゃないかや??』

 


ちゃうねん(違います) 

わかりやすいもんしかわからん

甘い・辛い・塩っぱい・苦い・酸っぱい・くらいしかわからん

でも味わいはその大きなパラメーターの組み合わせだけでできておるわけじゃありんせん

 


これ 音楽もそうじゃろう?

低音・中音・高音 だけでできておるわけじゃありんせん

じゃから「横軸の周波数グラフが同じだった」からとて同じ音にはならないのじゃと思う

 


余談じゃがシロウトのわっちが喰らったインパクトはapogee のアルミリボンすぴーかーじゃろうのう

あのときは言葉にならんかったのじゃが あからさまに他のすぴーかーとは異質の鳴り方をしておったし こんなん聴いたことがないというものじゃったが

今の言葉で云うなれば イマーシブ(没入感)なのかもしれぬ

あからさまに『空中の何も無い所から音が生まれ』

あきらかに『空中の音を掴めそうで』

すぴーかーからは音が鳴っていないようにしか知覚できんかったのは

わっちにとってはわかりやすくてインパクトの残る経験でありあんした

 


誰にでもわかりんすが 掘り起こされてないインパクトあるわかりやすさというのもあるのじゃろうと そのひとつにイマーシブがあるのじゃろう

まだまだ わかりやすさも増えていってより楽しくなれば嬉しいし わかりにくいところも理解をしてより楽しめれば嬉しいのじゃ

 


わかりやすさばかりが広く受け入れられて売れるのはそりゃ仕方ない 仕方ありんせんが

わかりやすさを一暼し子ども騙しだと云うだけでは新しい感覚も得られなければ 古い新しい深い浅いが相互に混ざり合って得られる今までに触れたことのない世界の理解には繋がらぬ

 


わっちぁこれからも感覚を拡げてゆくじゃろう

そして理解をしてゆくのが楽しみなのじゃ